月夜見

   “春、おぼろ月”  〜月夜に躍る]]U


今宵はいわゆる下弦の月夜で、
一頃ほどの寒さもない中、
場所によっては夜桜見物の宴がにぎやかだったりもする頃合い。
そういった喧噪には今のところは縁のない、
シンと静まった閑静なところに建つ こちら様だったが。
星の瞬きさえ聞こえて来そうだった静寂を、
カリカリかつかつという ささやかな音が足元から削り始めて。
それがやがて、遠くからの足音の群れと判ると同時、
どどっと勢いつけて外へと飛び出して来た一群がある。
警備会社に頼らずともという、
最新の防犯設備と手練れの警備員揃いの完全防御を謳っておいでの、
随分と偉そうな金融会社だったが。
それにしては随分と、血相変えてる顔触れもいて。
大方、想定外の事態というのに見舞われ、
心なしか浮足立ってるお歴々…というところかと。

 「追えっ!」
 「なに、慌てることはないさ。」

警戒の隙をついて まんまと侵入し、
大金庫を破ると蔵物の一つを奪い取り、
その上で脱出まで成し果せたのはさすがであるが、と。
そこまでの“現実”は認めつつも、

 「新開発の“サーチパウダー”を浴びているのだ。」

こちらには切り札があるのだからと、
大きに胸を張る顔触れが何人か。

 「そうそう。
  探査すればどこへ隠れようとも丸見え、
  あっと言う間に袋のネズミに出来ようというものよ。」

警備会社に頼らずともと大見得切っただけはあり、
自社開発とかいう防犯システムの中に、
設定されていない存在が侵入すると、
無色無臭の細かい霧が吹きかけられる仕掛けが仕込まれていて。
その仕掛けというのが、

 “ナノ単位の特殊粒子による、共鳴作用のえっと…なんだっけ?”

あれれぇ?と、見るからにという判りやすさで小首を傾げたのが、
広大な敷地の本社ビルのすぐお隣り、
こちらは公営事業や小さな事務所の入った たいそう素朴な雑居ビルの屋上から、
どこの美術館ですかと言わんばかり、
芝生の手入れもそりゃあ行き届いた、
フランス宮廷風の庭園を見下ろしていた小さな人影で。

 “やっぱ、覚えらんなかったな。”

なかなか長々した正式名称とやらは、とうとう覚え切れなんだけれど。
理屈の方は大丈夫、何とか把握出来ており。
彼らの言う“特殊な霧”を浴びてしまうと、
その霧に含まれているナノ単位という微細な大きさのとある成分が、
特殊な波長の電波に反応し、此処よ此処よと的確に反射を返すそうで。
それを専用の受信機で傍受し逆算すれば、
此処というのが何処なのかが割り出せる…という理屈なのだそうだけれど。

 “さぁてお立ち会い♪”

冬の間こそ、
記録的と言われたほどに、雪も多かったしいつまでも寒かったけれど。
もはや 春というより初夏と呼んでもいいほどに、
それは気温も上がっての、陽の暮れるのも遅くなった今日このごろ。
お外に繰り出して遊ぶ顔触れも増え、
スポーツに興じるのへと、
様々なお道具を持ち出すのも特に珍しいことじゃあなくて。
例えば昨今のラジコンものには、
ほとんど無音のヘリコプターなんてのもザラにあるし。
たとえ暗がりの中であれ、本体そのものが発光していずとも、
暗視ソナーへ位置を知らせて来るので、
慣れたドライバーが扱うなら見失うことなく操縦するのも可能。
しかもしかも、
そんな特別仕立ての代物だという但し書きは
ちょっと見だけじゃあ判らないから。
昼のうち、門の前を通り過ぎたときも、
無邪気なもんだと感じたらしき、警備員から微笑ましげなお顔をされたけれど。
その同じ玩具もどきで、まさかまさか、
ご自慢のシステムをお釈迦にされようとは、

 “思わないだろうよな〜♪”

何の明かりを拾ってか、
春の夜陰の中を飛行中のラジコンヘリのプロペラが、
時折 チカリキラリと光っているが。
目的がはっきりしている面々なせいか、
そんな微かなものへ 気づく者なぞありはしない。
荘厳な作りの建物から飛び出すと、
一応は四方へ散っての さて。
庭に散った各班の、リーダー格の面々が、
追跡用のモバイルを手にしたところを見計らい、

 「………GOっ!」

屋上の人影のほうでも何かしら手に握ってたものがあり。
それをぐんと握ったその途端、
広いお庭の上空を、優雅に飛行中の小さなヘリコプターから、
音もなく散布されたものがある。
今宵は風もない穏やかな晩だから、
直視ではない制御だったとはいえ、ヘリの操縦も難しくはなかったし、
そこから振り撒かれる霧も、
狙い通り、庭じゅうに満遍なく広がってくれて。

 「…………? んん?」
 「おい、どうした?」

ヘリの飛行音がしなかったと同様、噴射音も立たぬまま。
なので、一体何が起きたのか、
彼らには何にも判らなかったことだろて。
サーチパウダーを浴びた存在を、
液晶画面の上へ浮かび上がらせるはずのシステムだのに。
下敷きとなってる庭の図のレイヤーごと、
何処もかしこも同じな色と濃さにて蛍光色で塗り潰されており。

 「エラーか?」
 「いや…正常に稼働しております。」

別の区画をと画面を切り替えると、
そちらには何もいませんというクリアな反応が表れるらしく、

 「じゃあ、これって…?」

何とはなく状況が判ったか、
自分たちの身を見回す者、手近な茂みをそろりと撫でる者がいたものの。
そのどちらも、ただただ小首を傾げるばかりだったのは、
人の眸で一見しただけじゃあ、
何がくっついていたのだか、見えやしなかったからだろう。
侵入者がそうやって、追われていること気づかぬようにという仕掛けにしたのは、

 “そっちが構えたことなんだのにな。”

やはり音もなく戻って来たヘリの模型を手際よくケースへ収納すると、
ざまを見なとの あかんべ残し、
それは素早く、屋上から立ち去った小さな影が一つ。
大人たちはやはり、自分たちの頭上には気づくどころじゃなかったらしく。
共犯者もまた、悠々と脱出成功と運んだのであった。




     ◇◇



今宵の獲物は、
自社の独自開発とかいう警備システムを、
やたらと自慢して止まなかったヤニ臭い会長様の牛耳る金融会社の金庫から、
元・子会社の開発部が 身銭切って作り上げた、
画期的な新規システムのプログラムを取り返すこと。
子会社なんて名ばかりで、
仕事として やらされることと言ったら、
いつ何時でも、呼ばれたら迎えにと向かわねばならない運転手だとか、
恐持ての顧客へのクレーム対処への専任だとか。
元は小さなノンバンクだったところへ、
本職でもキツかろう種類の仕事ばかりを回され、
いやなら辞めてくれていいんだぜと 云わんばかりの待遇で。
前社長を、何を掴んでの引き回したのかは不明だが、
さんざん脅しすかした末に、権利をすべて譲渡させた今の会長は。
貸しはがしや ヤミ金への斡旋などという非合法なことで、
その身を肥やしたクチの怪物であり。
そちらもやはり、先日 倒産へ追い込まれた子会社が、
ずっとずっと温めていた、
金利管理の新規プログラムをこそ狙っておいで。
節約のための運営に適用させるべきソフトだのに、
本来とは異なる操作を駆使すれば、
あちこちの巨額な預金や投資への、
利子の端数を人知れず集積出来るという点を、開発員の一人が気づいて。
博打の負けが込んでた弱みをつつかれ、
そんな秘密をうっかりと、
強欲な現会長の取り巻きに洩らしてしまったものだから。

 『まさか、そんなものを目当てに嫌がらせされてたなんてね。』

こっちとしてはその点が“バグ”だったので、お蔵入りさせてた代物。
差し押さえられた様々の中、
社長のPCに眠ってた“それ”だけがほしかったとはねと、
当事者が呆れたそのまま、無念の涙をこぼしたことが、
お話を聞いてたルフィには、殊の外 堪えたらしくって。

 「悪さなんてさせないし、ますます儲けさせるなんて以っての外だ。」

あまりに微妙な仕組みであるがため、
コピー不可という相当にくせ者で複雑なシステムは。
だったら“ハッキング”などなどという
外部からの攻撃も受けぬという方向で、
彼らにも打ってつけだと思われていたそうだけれど。
ということは、
常時メインシステムへセットしておかねば特別仕様の部分は働かぬ、
そんなオリジナルディスクを持ち去られてしまっては、
以降の更新が侭ならぬということだし、

  これをこそ解析されたなら、
  そして、それを公表されたなら。

一気に捜査の手が入るわ、信用ががた落ちとなるわ。
結構 手痛い目に遭うことだろし。
それよりもっと恐ろしいのが、

 「これをインストールされてるファイルはすべて、
  これを押さえたこっちが、自由に操作も改竄も出来ちゃうってこと、
  気がついてなかったんだろか。」

ハッキングという手、つまり 遠隔操作による潜入が不可能な錠前へ、
唯一 介入可能な、物理的な“鍵”のようなものであり。
数分単位でアトランダムに変わるキーナンバーに振り回される混乱を、
せいぜいご堪能あれと。
自分のカスタマイズされまくりのPCにて、
あちこちへ尚のトラップをあれこれと、
張り切って仕掛けているらしいルフィなのへ、

 「ほどほどにしとけよ〜?」

難攻不落と自慢してらした大金庫を、
あっさり開錠し、あっさり逃亡してしまった今宵のヒーローが、
バスルームのほうからお声をかけてくる。
ナノ何とかの成分は、
あまりに微細なそれなので
時間が経つに任せて自然に代謝されるのを待つしかないと言ったのに。
得体の知れないものがくっついてるなんて気分が悪いと、
帰ってすぐにシャワーを浴びまくりの“大剣豪”こと怪盗様であるらしく。

 「そっちこそ、ほどほどにしとけってんだ。」

そんなもんで落ちるなら苦労はしねぇよと。
リズミカルに叩いていたキーを、ラストっとばかりに畳み掛けたところへ、

 「だ〜れを捕まえて単純馬鹿だと?」
 「そんなこと言ってねぇ…………って。」

自分でも判ってんじゃんかと言い返しかけた坊やが、
背後に立ってたお兄さんを見て…うっと言葉に詰まったのは、

 「ゾ〜ロ、左目。」
 「んん? ああ、悪りぃ。」

この港町を跳梁中の大怪盗は、昨年の秋に怪我を負い、
左目に一文字の傷がある…ということになっており。
まぶたを頬へと縫いつけてしまっているかのような深い傷痕が、
シャワーを浴びてもなお残っていたのへ、
相棒のハイテク少年がそれは判りやすくも眉をひそめた。
常に単独でかかる凄腕の怪盗ではあるが、
昨年のその当時、
ちょっとばかり大きな依頼を引き受けたがための
伏線というか前振りというか。
自分という存在への目印になるよう、
故意に大怪我を負ったように見せかけた“仕込み”をした。
その名残りが、この…なかなかに生々しい深い傷痕であり、
特別注文の傷をシールのように貼っているだけなのだが、

 「ていっ!」
 「うおっ、痛ってぇ〜〜〜っ!」

端っこへ指をかけ、一気に剥がした乱暴さへ、
頬を押さえて何しやがるかと怒鳴る大人へ、
やはりやはり“あっかんべ”を返す小さなお弟子さんなのは、

 “心臓に悪いったらありゃしねぇ。”

今更、そんな御面相が怖いというのじゃなくて、ただ。
事情を聞かされないまま、本当に怪我をしたのかと思い込み、
それは怖い想いをした当時のことこそが、
いまだに忘れられないからに他ならず。

 “思いついたのは俺じゃあないのによ。”

実をいや、そんな小細工なんて要らぬと突っぱねていたゾロだったのへ、
依頼人までまとめてお縄にされちゃあ何にもならぬと、
強硬にその案を織り込めと言い張った参謀がいての運び。
だがだが、そんな言い訳をするというのも、
何とはなく気が引けて。
それで…今の今まで言えずにいたワケで。

 “これからだって、言う気はねぇけどな。”

あんなじゃじゃ馬に牛耳られてんのかって、
これ以上思われんのも癪だしと。
……つまりはそういうことだったらしい顛末に、
はてさて いつになったら気づいてもらえることなやら。

 「ホントに瞼が傷んだらどうしてくれる。」
 「そうならねぇように気は遣ったさ。」
 「ウソをつけ、ウソをっ。」

子供同士のような口喧嘩を交わしつつ、
それでもあくまでも“保護者です”というスタンスは意識の怪盗さん。
ホントを言えば、こんな危ない稼業にも手を出させたくはないのだが、
振り払ったなら、
勝手に、もっと危ない方向から、関わって来かねないとの恐れから、
已なく…実の兄上から恨まれつつも、
お守り役を担当している彼だったけれど。

 “大人のくせに危なっかしいんだもんな、ゾロってば。”

そんな風に思われていようとは、気づかぬままな彼でもあって。
お互い様のそんなところが、気の合う理由かも知れませんねと。
上弦のお月様が片頬ゆるめて くすすと笑ったような、
そんな春の酔いだったとな。




   〜Fine〜  11.04.15.


  *お久し振りの怪盗さんです。
   いきなり特長のあるオプションが増えたゾロだったのへ、
   どうしたもんかと一番困ったのがこのシリーズで。
   まあ、よくよく考えりゃ、
   顔も姿も見せずに仕事がこなせりゃあ
   言うことなしだったワケじゃあありますが。

   「そこから見くびっとったんか、あのアマはっ!」
   「……ゾロ、反応が遅い。」

   まったくです。
(苦笑)

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

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